読書感想文「戦前のこわい話〈増補版〉: 怪奇実話集」

何だかんだと毎日忙しく過ごしていて、気づいたら8月も残りわずか。

ということで、夏らしい怖い話ということで、志村有弘さん編「戦前のこわい話〈増補版〉: 怪奇実話集」のご紹介です。

本作は2009年発行のものに一作品を追加した補強新装版とのこと。

私の期待値としてはもう少し「戦前」の社会が土着に描かれているいいなと思ったのですが、元の作品を平成・令和な文体の現代視点で読みやすくされているからなのか、あまりその点を感じられず。実際にあったと言われる猟奇事件や不可思議な出来事の伝聞が、中途半端に戦前を舞台にした伝聞調フィクションになってしまったような感じでした。

なので、エピソード的には「闇の人形師」「猟奇魔」あたりは、途中までは江戸川乱歩的な展開で面白くなりそうなんですが、実録ということなのか最後はフィクション的なクライマックスには至らずあっさり終わってしまって。もったいないなあと、期待値のズレでしかない感想を抱いてしまいました。

ただ、今回収録されたという山之口貘の「無線宿」はひじょうに面白くて、それで本書を紹介したいなと思った次第です。

生涯、放浪生活を送ったという山之口貘の、まさにそういう生活を余儀なくされていくような日常の一コマが描かれていて、期待していた「戦前」の社会が窺えました。そこにちょっとしたホラーな出来事が起きるという小説的な面白さもあって、あっさりと終わるのも日記風で良かったなと。短編ですし、内容というよりも文章を通じて社会や風俗を感じていただくのがいい読み方なのかなと思います。